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愛をうたう

「えーっとさ、進は干徳さんとは一体どういったご関係?」
 ラブを見送りながら桜庭は、率直な疑問をぶつけた。
「恋人だ」
「へー」
 事実を述べただけの進。相槌を打つ桜庭。
 基本的にこの2人の会話は桜庭が話すことによって成立している。だから桜庭が呆然としたり言葉を失ったりすると沈黙が続くのだ。予想に漏れず桜庭は習慣的に装備したアイドルスマイルのまましばらく固まっていた。
 思ったよりも時間が空いた後。
「って、えええぇぇぇええっ!?」
 国民的アイドルの叫び声に登校中の2年生がちらちらと振り返る。だが周りのことはまるで気にもかけずに桜庭は進につかみかかった。というか気にかける余裕はない。
「いつ!?」
 ぶっちゃけるとその質問は悲鳴に近かった。
「今現在だが」
「んあーっ!俺の聞き方が悪かったっ!いつからっ!?」
「泥門戦の日からだ」
「の、いつっ!?」
 妙に血走った桜庭に動じることもなく、進は答える。
「フィールドから走って帰った後だ」
 また沈黙が続く。確かにそこは桜庭が見れた範疇ではない。
 血走った表情をするっと収めて、少し笑った。
「・・・よかったね、進」
「うむ」

 高校2年を懸けた試合に負けた直後にそうなったことに否定の気持ちは毛頭ない。こういうのはタイミングだ。恐らくそこには彼らにしか分からない深遠なる雰囲気において、めでたく恋人認定がされたんだろう。ギャラリーがいてもいなくても同じ結果になっただろうに、誰も見ている人がいなそうなのは惜しい話だ。
 しかし何だってこう淡泊なままなのだろう。昨日の今日のような状況なのに。いくら進でも変化があって然りだと思うのですが。思わず疑問。
 2人の雰囲気が違うことに気付いたのは、一概にラブ側の落ち着かなさからだ。一緒に歩いてきてる時点で少し引っかかっていたのだが。何せいつものラブならば進と一緒になど歩けない。
 隠すこともないだろうと思って試しに聞いてみたら、本当に隠しゃしねえ。

 桜庭は進から手を離すと再び連れ立って歩きだした。
「で、やっぱり干徳さんから告られた?」
 進は桜庭を凝視する。いや、単に見ているだけかもしれない。桜庭は首を傾げる。
「何?」
「やはりと言うことは、桜庭は干徳が俺に好意を持っていることを知っていたのか?」
「知ってるも何も・・・」
 あからさまじゃん。
 とはつっこまずに、ああ実は、と神妙に相槌を打った。
「干徳が言ったのか?」
「あーいや・・・、えーっと・・・あー、そう、マネージャー経由!うん」
 む、と進は思考を回転させているようだった。
 お、これもしかしていっちょ前に嫉妬されてるとか?
 進相手に体験するなど思いもしなかった状況に無駄に桜庭はテンションが上がる。
「で、どっち?えーっと干徳さんはラブちゃんて名前だよね。ラブちゃん?それとも進なの?」
 進が立ち止まり、また桜庭を凝視する。いや、だから単に見てるだけなのだろうが。
「名前・・・」
「あれ?違った?」
「いや、正しい」
「だよね。かわいいよね。ラブなんて」
 こんな特徴的な名前、間違える気もしない。
 桜庭はすでに、すっかりラブが身内の気分だ。話したことなど皆無に近いのに。
「かわいい・・・」
「へ?」
 進が!
 桜庭は驚愕する。
 進がかわいいって言った!
 進が言葉を発することと、かわいいという言葉が存在することは、独立していれば別におかしいことではないのに、それが一緒になるとどうしてこうも不可思議な現象に見えてしまうのか。
「そ、そういえばさ、2人は名前呼びしないの?」
 ちょっと動転したついでに聞いてみる。まあこういうのって自然になっていくものだと思うけど。
「進は確かに名字のが呼びやすいかもだけどラブちゃんはラブちゃんじゃん」
 イマイチ頭の悪そうな会話だが成り立っているからよしとする。
「干徳、を・・・?」
「そうそう」
 進様呼びがナチュラルだと難しそうだな、と1人ごちる。
「桜庭は、そうなのか?」
「まあ、名字スタートだと名前で呼ばれたらうれしいと思うな。俺はそうしてる。てか、一般論?」
 一般論にまったくはまらない2人だから別にいいのか。気付けば桜庭自身は、自分の目はおろか体すらちゃんと見てもらえたことがないかもしれない。それが微笑ましいことには微笑ましいが、自分も一般論にはまらないな、と思った。
 ただ、マネージャー情報のラブだと、進に名前で呼ばれた途端失神するかもしれない。うわ、見たい。桜庭にとっては寄せられるばかりのミーハー根性が湧いてくる。
「呼ぼう、進!」
「そのほうが干徳が喜ぶということか?」
「ああ、絶対!」
 その自信はどこから来るんだとは、聞かないでくれ。
「そうか」
「決めた!今日の昼休み、進はラブちゃんとご飯食べてこい!その時さり気なく呼ぶんだ!」
 考え込ませる前にたたみかける。
「食堂誘え!向こうが弁当持ってたら屋上行け!」
「だが俺は」
「植田inだけで構わないから!」
 む、と進はまた考え込む。
 桜庭はその瞬間を是非にと目撃するために、マネージャーへメールをいそいそと打ち込んだ。

 結局、どっちが先に告白したのか聞くのを忘れたまま、昼になった。

「さあ、行こうか」
 いまだに、植田in相手に考え込んでいる進に桜庭は声をかけた。すでに常温なのに、そのままだとたぶん体温と同じになってまずくなると思う。
 あっちがうまいこと足止めしててくれるといいけど。
 進は立ち上がり、歩きだした。ちゃっかり桜庭がついてくることを不思議には思わないようだ。

愛をうたう

 

 

 

 

 

 教室のドアから廊下を見ると、案の定、2人がいた。桜庭に近寄ろうとしていた女生徒たちが小春の出現で申し訳程度に引いていく。
 小春が会釈すると、予想に違わずそこにいた進は頷くだけで返し、動かない。
「桜庭さん、こんにちは」
「こんちは。で、どう?」
「ちゃんと引き止めておきましたよ。遅いですよ」
「ごめん、でも何とか連れてきたから」
「ラブちゃん切ない表情になるとかっこよすぎて美人すぎて危ないんですよー?」
「あ、そうなの?」
 言って、桜庭はちらりと教室を見る。
 確かに。そんじょそこらの芸能人より余程華がある。
 2人はこそこそと進の横でやりとりをしているのだが。相変わらず何を考えているのか、進は動かない。業を煮やした小春が声をかける。
「進さん、ラブちゃん呼んできましょうか?」
「む」
「む、じゃない。そのために来たんだろー?」
「・・・・・・うむ。だが若菜が呼ぶ必要はない。これは俺の問題だ」
 決心すると早い進を、小春は慌てて止めた。
「す、すみません!進さん!たぶん進さんに直接呼ばれたらラブちゃん倒れちゃいます!」
 む、と進は止まる。身に覚えがあるらしい。
「では、頼む」
「はい。すぐ戻ります」

 小春は教室に入り、壊れない電子辞書に向かい合ってるラブのところに行った。
 ちなみに、携帯を反対側に二つ折りすることには成功してるのだが、その後盛大にブーイングしたことで、携帯を壊すことは止めさせられた。

「ラブちゃん、落ち着いてね。進さんが来てるよ」
 ぼて、と電子辞書が落ちた。がたんと立ち上がったラブに、周りの女の子が楽しそうに笑っている。彼女の反応はすでにイベントだ。
「ラブちゃん?」
 尻餅をついたラブの傍に小春はしゃがむ。
「息が・・・できない・・・」
 確かに過呼吸症候群を起こしそうなので小春は背中をさすってやる。やっぱり直接呼ばせないでよかった。
「でも・・・進さん待たせちゃうよ?」
 喉を傷めていそうな音を出して息を呑むとばたっと立ち上がり、ラブは教室の扉に向かってダッシュした。窓際の席なので遠いことには遠いがダッシュできる距離ではないのだが。ちょこちょことちゃっかり小春もついていく。

「進様、すみません。お待たせしました」
 やっと出した声は震えていた。
 素早く行ったはいいものの、ラブは不自然なほど進と間を空けている。出入口付近なので扉の前が空いていることはいいのだが、ぶっちゃけ2人の雰囲気が流れているせいで、通りにくい。というより、通れない。
「干徳」
 ここで後方から、クソまだか、と小さな声がした。
「は・・・い」
「弁当を持ってきているか?」
「あ・・・はい。持ってきてます」
「干徳と昼を過ごしたいと思ったのだが、構わないか?」
 ラブは止まった。
 真っ白になるってきっとこういうことを言うんだろうな、と後ろから見ながら小春は思う。
 反応のないラブに進は重ねて尋ねる。
「可能だろうか」
 ラブはぐらぐらきかけている体を辛うじて踏張って、頷いた。よかった、という進の声を聞いてから、あっとラブはついてきていた小春を見る。小春は笑って、持ってきておいたラブの弁当箱を渡した。
「私たちはいいよ。行ってきて」
「あ・・・ありがとう」
 受け取りながらそう言ったラブは、なぜ小春が弁当箱を用意していたかなどの疑問に頭は働かない。
「では行くか」
 進は、はい、と頷いたラブを見る。見られていたのでラブは首を傾げる。
 進は、口を開いた。

「ラブ」

 一瞬間が空いた。
 渦中の2人のすぐ脇の2人が小さくガッツポーズをして、言われた側に視線を集中させた。
「・・・ラブ?」

 阿含ばりのインパルスを見せた進は台無しになりかけたラブの昼ご飯を救い、なおかつ持ち主のほうも救った。
「・・・名を呼ぶのは迷惑か?」
 倒れないようにラブの腕をつかんだまま進が聞く。震えながらラブが首を振る。
「進様・・・」
 声の細さが尋常じゃない。たぶんあと一撃、と小春は冷静に分析する。目配せを桜庭にすると、残念そうにしながらも動いてくれた。
「進、出入口ふさいじゃってるからさ。移動しなよ」
「む」
 心配しているのか、表情でイマイチ判断がつかない進はラブを見る。
「ラブちゃん、動ける?」
 いえ、動けません。
「進さん、ラブちゃんのことお願いします」
 ラブの答えを脳内補完して小春は進に託した。
「うむ」

 進はラブの肩を抱くと教室から離れていく。恐らく桜庭の助言通り屋上に向かったのだろう。
 はたから見れば仲良く連れ添い歩いている2人。

「あー!見たい!」
 2人が立ち去るのをしっかりと見送ってから、桜庭が頭を抱えてだんだんと地団太を踏んだ。
「・・・桜庭さん、それすごいミーハー」
 小春はしっかりと突っ込むが、桜庭はそれでもめげない。
「だって、見たくない!?」
「そりゃ・・・・・・見たいですけど」
 反論に言い掛けてから、小言で同調してしまう。
「ほら!」
 我が意を得たり、とばかりの表情になったのだが、心配することも忘れない。
「っていうか、ラブちゃんほんとの意味で立往生しかけたね」
「不吉なこと言わないでくださいよ。これから先ラブちゃんには耐性つけてもらわないといけないんですから」

 結局、これ以上はついていけないと判断して、それぞれの友人たちは真新しい恋人たちを見送ったのだった。

​以上

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