top of page

N-2
一寸の虫にも

五分の魂

 手酷い歓迎だった。
 ネオンの首に残った手形はなかなか消えなかった。が、ネオンは初めて会った時と変わらずにクロロに接していた。
 クロロも今のところ文句はないようだ。今さら好青年を演じている。
 だからネオンは生きている。

 洗濯はありがたいことに全自動で、干し方を工夫することも覚えた。意外なようで料理はできる。食用動物の解体なら、したし、――それで人体のほうが美しいと思ったのだが――、自分が暴いたその肉を余すところなく使いきりたいという美意識から、料理の腕なら上げてきた。というより解体の体験をさせてもらえる以前から、料理はせざるをえなかっただけだ。
 占いができることを知られる前まではネオンは父親に見向きもされていない存在だったのだ。
 父は、死んだ母は愛していたけれどネオンのことは母の娘というだけで愛情の対象にはならないらしかった。母を愛していなければネオンの命など占いができる前に消えていたかもしれない。
 つまり一通りの家事はやらなければ生きていけなかった。そのころのネオンが生きていた場所にハウスメイドはいたようないないような。思い出したくない記憶は曖昧だ。

 苦手なのは片付けだ。掃除とか整理とか、久しぶりだということも拍車をかけてうまくいかない。しかもクロロは、クロロが使いやすいように、と言っている。だからどういった状況が使いやすいのか聞いてみたのに、好きにしろと言うだけで答えは得られなかった。
 それでも気に入らなければあの笑顔のまま殺されるのだろう。
 それはちょっと困ったものだ。

 とりあえず、居間は好きなだけジョイステーションを見ていられるように居心地のよさを心がけている。なんでゲーム機がこの家にあるのか不思議だったが、クロロは深い興味を示している。プレイしていないのに。
 だから些細なことでわずらわないように、ゲーム機の周りには手の届く範囲に水分と食事が乗せられるテーブルを置いた。それに座り心地のいいソファに置くクッションは日に当てる回数を多めにして、いつもふんわりとさせている。
 誰かのために工夫するって結構楽しいものだ。

 そこから続く書庫が一番、気を遣う部屋だった。
 クロロは本が好きだ。
 ここにあるのは所蔵のほんの一部だと言うけれど、一般のものから古書まで膨大な量だ。新巻が出ると漫画も増える。ネオンもちゃっかり読んでいる。
 種類から察するにクロロの理解する言語は多岐に渡る。が、ネオンが分かる言語の中にクロロの知らない言語があるのに気付いた時は内緒でほくそ笑んだ。この優越感は浸り続けるつもりだ。辞書を片手に四苦八苦する姿を見ていたい。
 とにかく、ジャンルも大きさもバラバラなそこを整頓するのがネオンの目下の悩みだ。
 読み終わると出しっぱなしにするので、ネオンが片付けるのだが、どこに戻せばいいのやら。

 それから、ひとつしかない寝室は、あまり踏み入れたくなかった。
 最初の日以来、そこはネオンにとって酷く痛い場所でしかなかった。

「もう寝たい?」
 怯えよりショックより先にネオンは首を振る。
 いい反応だったはずだ。前に一度、驚きで振り返っただけのことがあったのだが、自分の意志をはっきりさせずさらにクロロの質問に答えなかったという理由からお仕置きを受けた。
 徹底的に、ふたりの関係をネオンに覚えさせているみたいだ。ネオンは多分、クロロにとって召し使いでありペットだ。

「君がオレを満足させようと努力してるのは知ってる。がんばって」
 ネオンの判断はやはり悪くなかったらしく、険も見せずにそう言われた。それから去りぎわに、一言で昼食を食べたい旨を伝えられた。
 ネオンはたった今のショックを忘れ去る。
 自分の性格のいいところだと思う。何かしたいことがあれば何だって忘れられる。そんな自分がネオンは好きだ。
 誰にも必要とされないなら、自分くらい自分のことを好きでいないとせっかく生き延びたのにもったいない。
「じゃあお食事の買い出しに行きたい!」
 こう言ったのはひとりの外出も禁じられているからだ。ネオンがマフィアからの逃走者であるという理由からだが、そのうち首輪でも持ってくるのではないかとネオンは踏んでいる。
 今のところは、ない。
「オレ、もう少し読んでたいんだけど。余りもので何とかなんない?」
 テーブルの上の本と辞書を名残惜しそうにクロロは見る。ネオンが優越感に浸れる例の本だ。
「なんない。クロロさん、自分が食べる量把握してよ。なんか半端ないよ?」
「そうかな? 確かに君はあまり食べないな。だから触り心地が物足りないのか・・・」
「クロロさん、さり気なくすっごい失礼なことが聞こえましたー」
「じゃあ出かけようか。君がお家の人に捕まらないように守らないとな」
 スルーされても気にしない。
「クロロさん、ダンチョーだからたぶん強いんだろうけど、パパのボディガードが追ってきたら、さすがに私を置いて逃げてね」
「はいはい」
 クロロは小さく笑うばっかりで本当に理解しているのか怪しかった。
 幻影旅団の団長がどれだけ強いのかネオンには分からない。驚いたことに、こんな扱いだが、クロロのおかげで初めて自分が生きていると感じたネオンは、クロロに死んでほしくないと思っていた。しかもネオンを庇うせいで。
 けれどネオンの命などクロロの前では塵芥どころかゴミ以下だ。そこは問題ないのだろう。聞くほうが間違ってたのかも。
 自分の評価をゴミ以下にするのも久しぶりだ。クロロは飼い始めたペットに、簡単に厭きるだろうか。エリザの彼氏はとても大事にしてたけど。

以上

bottom of page