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N-7
雲雨巫山

「君がそんなに頑なになるなら、そうだな・・・ゲームをしようか」
 あの日以来のいつも通りに、ベッドで向かい合っていたらクロロが言った。
「・・・ゲーム?」
「そう。ルールは簡単だ。君が今していることを続けるってだけ」
「私が今、していること?」
 何をしている?
 覚えのないネオンが訝しみながら聞くと、クロロは口の端を上げて笑んだ。ドキリとする。
「感じていることを隠し通せ」

 楽しそうに続ける。
 つまり、クロロはネオンが声や動きそうな体を我慢していることに気付いているのだ。
「オレとしてはいつギブアップされても構わない。ゲームなんだから罰もない。単なる遊びだ」
「・・・ホントに?」
 そんな見返りのないことをクロロが言いだすなんて。はっきり言って信じられない。
「ホント。だからオレも隠してみる」
 それは驚愕の事実だ。
「隠すって・・・クロロさん・・・? 何を?」
「もちろん、オレが君で感じていることを」
「私で感じることなんて、あったの・・・?」
「君はおかしなことを言うね。オレが感じてなけりゃセックスが成立しないだろ」
「そう言われると・・・そう、なんだけど・・・」
「なるほど、君はオレが感じてることを知らなかったのか。ずいぶんオレに分がありそうなゲームになったな」
 最初からネオンに分があることなんて、料理の腕くらいじゃないだろうか。いや、クロロはキッチンに立たないだけだ。やったらプロ級ってことも大いにありうる。
「今日決着がつかなくてもいいな。時間なら潰すくらいたっぷりあるから」
「そんなに続けられたら・・・私、壊れちゃうよ」
 当たり前だがネオンの怯えにはクロロは特に頓着しない。むしろ丸め込まれる。
「人の体はかなり丈夫なものだ。本気で壊そうと思わない限り中々壊れないんだよ」
 まるで壊したことのある口調だ。あるのだろうけど。
「今まで通り、声を出さない方が感じないんで済むんじゃない?」
 しかも意見まで。
「そう・・・かな・・・?」
「多分」
「じゃあ口、塞いでる」
 ネオンは目を閉じて両手で口を塞いだ。クロロの穏やかな声が耳に流れてくる。
「さあ、行こうか」

 ネオンはかなり頑張った。今までだって夜毎の行為にも耐えてきた。なのにクロロのアプローチはエスカレートして、芯から揺さ振ってくる。
 一生懸命隠そうとしている、何か汚くてどろどろした奥にあるものをあらわにしようとする。

「嫌だ・・・クロロさん・・・、私、ごめんなさい・・・」
 次の夜、ネオンはとうとう支離滅裂に口にした。
「君は謝るようなことをしていないし、君の体は嫌だなんて言ってないよ」
 クロロの声はやはり穏やか。弄る手つきと繋がらないくらいに。
「だってクロロさんのやり方はひどいよ。あ、・・・あんまりだよ」
「ひどい?」
「そんなの、我慢なんて・・・」
「する必要はないって言っただろ」
 穏やかだからネオンは尋ねることができた。
「あの・・・、私、声を出してもいい?」
「もちろん」
「えっと・・・、クロロさんと一緒に体、動かしてもいいの?」
「とてもいい」
「・・・ほんとに?」
「もちろん」
 クロロはネオンの頬をなぞる。
「ゲームはオレの勝ち」
 ネオンは頷く。

「じゃあ聞こうか」
「罰はないって・・・!」
 クロロに唇を指で塞がれて遮られる。
「ああ、だから、任意。答える必要はない」
 そこまで言ってからクロロは聞いてきた。
「君はゲームにして気分を緩和させる以前から声を出さないようにしていた。体だって、オレに合わせて動かさなかった。なぜ、そうしていたんだ?」
 ネオンは、むーと快楽で紅潮した頬を膨らませて唸っていたが、ボソボソ答えた。
「だって、・・・声を出したり、クロロさんに身を任せたりしたら、・・・それはすごくはしたないでしょ? つまり・・・他の人はしないことでしょう?」
 言ってから、ネオンは恐る恐るクロロを見上げた。叱られるか、問答無用でお仕置きをされるか、予測がつかない。ネオンは痛いのも恐いのも、嫌だ。
「はしたない?」

 意外にもクロロはきょとんと鸚鵡返しした。ネオンの方がきょとんとする。
「ええ。だってクロロさんは最初の時私に、『初めてなのにこんな反応するなんて悪い子だ』って言ったじゃない」
 クロロは口元に手をやり考えている。というかその手はさっきまでネオンの中をいじっていなかったか。考えるだけでも目眩がする。
「言った。・・・ああ、言ったな。確かに」
 なんとなく、口先だけの返答な気がした。覚えてないんじゃないだろうか。そんな重要なことではなかったのか。ネオンはこんなに怯えていたのに。とにかくクロロはそう答えた後、訝しげにまた聞いてくる。
「君はそれで感じたことを隠そうとしたのか」
 ネオンが恐る恐る頷くと、クロロは声に出して笑った。
「何よぉ」
 裸の胸を思わず叩く。当たる前につかまれたけれど。
「あーごめんごめん」
「全然謝られてる気分にならないですけど?」
「謝ってるだろ?」
 クロロはむき出しの首筋に唇をつけて囁いた。首をすくませた。そんなことにさえネオンは感じてしまう。だってクロロの行為はとても気持ちがよすぎるのだ。
「また、隠した」
 クロロは喉の奥で笑う。
「もう、隠さないんじゃなかったのか?」
 反射的に口を押さえたネオンの手を捕らえて頭の上に押しつける。
「オレは・・・君に手玉にとられているんだとばかり思ってた」
「私が、クロロさんを手玉に・・・?」
「ああ」
 クロロは見られるだけで背がぞくぞくするような視線をネオンに向ける。
「だが君はそんなことなんて思いつかないほど、何も知らない」
 ネオンの肌にクロロは丁寧に触れて、満足気な声を出した。
「君の身体はオレ以外、誰も知らない」

以上

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