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Q-2
愛玩動物

 カタカタと、震えが押さえた手と足から伝わってきた。

「なんで怯えるかな」
 クロロとしては十分に時間をかけたつもりだった。条件を出してネオンを養った時点でこういうことが入るのは想像に難しくないと思うのだが。
「あ、・・・えっと・・・不可抗力・・・かな」
「そうか」
 なら仕方ない。
「あの・・・クロロさんは前もって、言ってくれる気がしてたから」
「何を?」
 寝室を占領するクロロの大きなベッドの上で、ふたりは重なっている。ネオンが家事を怠っていない証拠に、ふたりを受け入れたシーツから太陽の匂いがした。
「私を殺す時を」
「・・・なるほど」

 期せずしてネオンが飛ばされてきたのはこの部屋で、脅迫紛いの首吊りをしたのもこの部屋だ。
「・・・そっちに飛んだのか」
 何か、ネオンには絶対的に足りないと思っていた。男とふたりで暮らすことについての危機感が。
 手を出してこなかったとはいえ、寝食を共にしている。この状況でも生死に思考が飛ぶとは。つくづく退屈させない女だ。
「・・・そっち?」
 クロロの言を汲んだ微かな疑問をスルーする。
「オレ、まだ君を殺そうなんて思ってないよ。ほら、今どこも痛くないだろう?」
 とは言っても、両手両足とも押さえているからネオンが動けないことに変わりはないのだが。
「うん」
 この肯定もクロロが言ってるからうなづいてるだけに思える。
「いまいち信じられない? じゃあアメあげる」
 じゃあってもんでもない。最初から与えようとしていたアイテムだ。
 歯で押さえてパリッとビニル袋を破いて取り出す。ゴミはその辺りに捨てた。コンドームを出す時の動きにも少し似てるな、と思った。
「はい」
 有無を言わさず小さな口に、少し大きな飴玉を押し込む。
「ぅむ・・・っん」
 無理矢理入れたので、一瞬だけネオンの唇がクロロの指をしゃぶることになる。予期せず疼いた。

「甘いだろう。こないだ一緒に読んだ本の国の言葉で、君の髪の色と同じ味だよ」
「・・・桃味?」
 命の危険がないと分かると、ネオンはキャンディを舐めたまま頬を膨らませた。
「なんでアメなの? 私、子供じゃないわ」
「もちろん君は子供じゃない」
 あっさりうなづいたら拍子抜けしたようだ。
「だからオレは今君とここにこうしてる。だけど君がまだ子供だからこのアメを使った」
「えー? 意味が分からないよ、クロロさん?」
 コロコロと口の中で飴玉を転がしながらネオンが聞いてきた。甘い香りが漂ってくる。
「君に負担をかけないようにするためだよ」
「これがー?」
 ネオンは舌に飴玉を乗せて一瞬外に出し、引っ込める。もう少し長ければ吸い付いてやろうと思っていた。
「本当なんだけどなー」

 危機感のなさから推測することに、信じられない話だがネオンはまだ処女だ。そのセンの知識も絶対的に足りていない。思春期と呼べる時期にどれだけ箱入りに育てられたのだろう。
 流星街は当たり前だし、外の人間でも、ここまでずれていて壊れていて無知で無垢な存在を、クロロは知らない。
 知らないからこそ、盗る。
 クロロは盗賊だ。こんな女を殺すことなんて簡単だ。生きていることが稀少だと思ったものを、どうやって生きたまま盗むか、が重要だ。
 クロロは能力を盗むことでネオンの人生の半分を盗った。ブルジョワの暮らしを奪うことでさらに半分を盗った。これは直接下したわけではないが、クロロが原因だ。
 そして今からさらに。
 クロロはネオンからあとどれだけ盗るのだろうか。そう考えると不可思議な飢えを感じる。
 まだ足りないと。

「やはり言語表現は難しいな」
「うーん、確かに難しいかもね」
 さかしげにネオンが相槌をうつ。冷めた目でクロロはネオンを見下ろした。
「・・・君、オレが言ってることなんて興味ないくせに」
「ええ? 興味あるよ!」
「じゃあおあいこだな。オレも君の言動に興味がある」
「それは知らなかった」
「ならもう知ったね」

「言動と言えば」
 ネオンは相変わらず唯一自由が利く顔をきょろきょろ動かし口を動かし続けている。飴玉をいちいち頬の内側にしまうので、そのたびにぽこりとほっぺたが膨らむ。
「なんで私とクロロさんはこんな態勢なの?」
「いいことに気付いたな」
 クロロは心の底から誉め讃えるように言った。それはまるで、指示通りに芸をして見せたペットを誉める飼い主のように。
「今からオレは君を盗む」
「盗む?」
「オレは盗賊。欲しいものは盗む」
「クロロさん、私が欲しいの? でももうあげられるもの、ないよ?」
「ないかどうかはオレが判断することだ」

 クロロはネオンの襟元を探る。
「さて、これからオレに奪われたと思うか、渡したと思うかは、君次第だ」
「私?」

 自由になった片手で、反射的に胸元を探るクロロの手をつかむネオン。
「盗賊のオレとしては奪われたと思われても、何の呵責もない。だが素直に渡してくれたほうが、優しくできるな」
 ネオンの身体が突然跳ねる。
「あ・・・ぅ? ・・・ん、クロロさ・・・、なんか・・・へん・・・っきゃあ!」
 なんのことはない。ネオンの首筋に吸い付いただけだ。
 怯えではない手の震えが、つかまれている手に伝わってくる。
「オレにも影響を分けてもらおうかな」
 クロロはまだ甘い匂いのする口を指でこじ開けて、舌を入れた。球体のままわずかに残っている飴玉がネオンの舌に乗っていた。口内に味が移っていて口の中を探るだけでも甘かった。
 催淫剤入りの飴玉を介してキスをする。キスくらいなら、前からしておいてもよかったかも知れない。だが一度目のキスは、ネオンは知らない。
 薬のおかげでネオンの反応はいいものだが。

「ん」
 ちゅ、と音がした。催淫剤はクロロにも効果を示し始めたのでキスを終わらせる。服の中に閉じ込めてある性器が、そこが窮屈なことをアピールしてきている。
「クロロさん・・・わた・・・し、違うの・・・! これ・・・はっ、や、ぁ!」
 ネオンがまた悲鳴をあげているがクロロは服を脱がせているだけ。いちいち肌に手を這わせるようにはしているけど。
 奪うなどと言ったが薬を盛った時点で結果は出ている。
「いつもと・・・変わらない」
 クロロも冷静ではいられないのだが、薬には耐性がついた。平気なふりはできる。ネオンはそんなこと見てやしないだろうが。
「君は興味深いままだ」
 ネオンは全身が性感帯の状態になってしまったことに、なんの抵抗もできずに力なくクロロを叩く。その振動にさえも感じているのだから、哀れなほど可愛い。
 愛でるにに相応しい代物だ。

「君を盗るよ、ネオン」
 宣言して、クロロはネオンに愛撫を始めた。

以上

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