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Q-3.2
セカンドタイム

 合意の上ではないし、別にそれを気にすることもない。幻影旅団の団長にしては盗るにずいぶんと容易なものを盗ったというだけだ。その後の態度があまりに子供っぽいから呆れ、また、興味をそそった。
 好意を持たれているのは十分に理解している。それが純粋に男女の間に流れるそれではないとしても。でなければ半ば強姦している相手に対して、ある程度だが、従順であるはずがない。
 最初に抱いてからそう日は経たないうちに、クロロはネオンを再び自分のベッドに引き入れた。今度は何も使わずに抱くつもりだ。一
度目の時に散々抵抗されたが、いけるという手応えはあった。ネオンの体はクロロに対して素直だ。だからクロロはかなり穏やかな気持ちだった。いい気分のままネオンの服を剥いて、止まる。

「これは?」
 剣呑な気配を完璧に隠してクロロは聞いた。ぎゅっと目をつぶって行為そのものを見ないようにしていたネオンが目を開いた。
「これ?」
 おうむ返ししたネオンはクロロの指摘しているところに視線をやって、あ、と小さく音を出してぎこちなく目をそらした。クロロはあらわにした滑らかな腰をつかんで、指でゆるゆるとその際をなぞっている。それは腰よりも下で股よりも少しばかり上の位置にあった。
 ネオンの雰囲気はしどろもどろという表現がよく似合う。
「ああ・・・ちょっと・・・えーっと・・・転んだ・・・よう、な・・・?」
 クロロは、今度はあえて睨む。念を使えないとは言え、効果は恐らく多大にあった。
 短い悲鳴をあげてネオンは上目遣いにクロロを伺った。全身で謝罪の意を示している様子は、飼ったこともない犬を飼っている気分にさせた。ネオン自身は犬っぽくないが。
「君はオレと一緒にいる時以外、他人と接触できない。つまり、これは君が自分でつけた傷だ。なぜ言わなかった?」
 自傷を見破ると、今度は怯える。腹の上までたくし上げられた服の前で、細い手がさ迷いやがて口元を覆い腕で顔を隠す。
「言うほどのことでもないと思ったの。私も忘れてたし。ホントよ? ちょっとシャワーの時にしみるかな、ってくらいだったし・・・!」
「なぜ、傷つけた」
 傷ぎりぎりの場所を強くなぞって無駄な言葉を止める。クロロの問いは簡潔だ。
「言わなきゃオレには分からない」
 分かってもらいたくないから、あるいは知ってほしくないからネオンは言葉を濁すのだ。そんなことは分かっている。指に当たる腹が怯えでひくひくと引っ込む。
「この身体の、どこが嫌だった?」
 今度はあえて優しく。緩急をつけて揺さ振る。
「言ってごらん」

 クロロの有無を言わせない迫力に、ネオンは殺しかけた時でも見せなかった涙を初めて見せた。
 びーびー泣きながら結局ネオンは吐露した。
 クロロはいないのに性器が入ったままのように感じる下半身が嫌だったこと。自分の身体なのに自分で制御できなくなっていく感覚が恐かったこと。股の辺りがぎこちなくて歩くのさえ恥ずかしかったこと。血が流れて驚いたこと。とても痛かったこと。等だ。
 子供を作りたいわけではないのになぜしなくてはならないのか、とも言った。コンドームを使ったことは把握していたようだ。それがどんな意味を持つのかも。ナイフで傷つけたのは、そこから下をなくしてしまえば、クロロがネオンに対してセックスをしようなどと思いつきもしなくなるだろうと思ったのだと。けれど躊躇うネオンの力では到底付けられてあの程度の傷だったというわけだ。
 もちろん、ネオンがこんな風に簡潔に言えるわけがない。スイッチバック方式に行っては戻り行っては戻りを繰り返して、ようやくここまで分かった。
 つまり、ネオンはクロロ自体を拒否しているわけではない。ネオンは行為に対して拒絶反応を起こしているのだ。

 非力でよかったと、痛みに我に返ってよかったと、切に思う。突拍子もない思い付きで身体を削られては堪らない。しかもクロロの知らない時に。クロロ自身に刄を向けるのなら何とでもなる。だがこの分だとネオンはクロロに当たるなど思いもしない。何と拙い思慕だろう。
「時間をかけて」
「・・・時間?」
 クロロは傷に舌を這わして告げる。ネオンは泣き声混じりの浅い息を繰り返して、感じていることを消そうとする。無駄なのに。
「ああ。時間をかけて、君に快楽を教えよう」
「い・・・いらないよ・・・そんなの・・・私」
「これも条件のひとつだ」
「条件?」
 ネオンは怪訝そうに起き上がったクロロを見上げる。
「君の存在理由は、何だ?」
「・・・クロロさんが、快適に過ごせるようにすること」
「そう、それ以外はない」
 クロロは、よくできました、と頷く。
「君がこれに快楽を覚えてくれたら、オレはさらに快適に日々を過ごせるんだけどな」
 楽しそうなクロロにネオンは口を尖らせる。

「・・・そんなの、無理だよ」
「まあ、いつまででも反抗的な態度でいてもらって構わないよ」
 クロロは穏やかに笑いながらゆるゆるとネオンの首筋をなぞる。やはり浅い息を繰り返す。
「恥じらいはセックスをする上で十分な要素だし、抵抗もそそるね」
 そう告げるとネオンは口を真一文字に結んで身を堅くした。クロロの言う通りになりたくないという心持ちがこんな態度に出る、という答えを出したのだろう。愛しく思えるほど愚かで、恋しく思えるほど素直な女だった。

以上

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